DeepL翻訳とGrammarlyを使った英文作成
2020年 10月 07日
この文章は某雑誌に投稿したものの掲載不可となったのでこちらに公開します。
DeepL翻訳とGrammarlyを使った英文作成
宇部興産中央病院麻酔科
森本康裕
日本の医師の課題のひとつは英語力である。これは欧米の言語はすべてラテン語系の言葉であり広い意味ではお互い方言のようなものであることに加え、日本の小中学生は漢字を学ぶ必要があり英語だけに注力できないなど原因はあるが結果的に日本人の国際交流の妨げになっているのは事実である。
一方でパソコンやスマホの普及により自動翻訳が現実のものとなってきた。数年前に私の病院の近くでボーイスカウトの国際大会が開かれ多くの海外からの参加者が当院の救急外来に搬送され大混乱になったことがあった。ここで活躍していたのはスマホの翻訳アプリだった。片言の会話であればスマホを使って意思疎通できる時代になっていることを実感した。一方で学術的な文章に関してはこれまでgoogle翻訳などを使ってみたがまだまだ完成度の高いものではなかった。最近google翻訳を上回る翻訳が可能なDeepL翻訳が使えるようになった。翻訳と一緒に使いたい英文校正サービスのGrammarlyと併せて紹介したい。
1.DeepL翻訳
DeepL翻訳はDeepL社が提供する機械翻訳サービスである。本年の3月より日本語にも対応した。基本的には無料で利用できるが有料版にアップグレードすると字数制限(5000字)がなくなるメリットがある。まずは無料で使ってみよう。Web版とアプリ(windows、Mac)があるがここではWeb版を使ってみる。
左側の空欄に日本語をコピーペーストすれば英語に英語をコピーペーストすれば日本語に変換される。スピードは充分速い(図1.DeepL翻訳の実際)。
まずは英文を翻訳してみよう。私は新型コロナ関連の文献をブログ(電脳麻酔ブログ:https://eanesth.exblog.jp/)に紹介している。以前は自分で読んだ後に要点を書いていたので時間がかかっていた。最近は要約をざっと機械翻訳した後に気になるところを修正して掲載している。コロナ関連の文献はメジャーなジャーナルでは読み放題である。これらを短時間に要点を把握できるようになり非常に便利になった。
フリー版の場合5000字という字数が問題になるが、要約のみであればそれ以内であるし、論文本体も何回かに分ければ解決する。MethodやResult、Discussionなどセクション毎に翻訳していけばよい。私としては多くの麻酔科医の先生方に英語論文をすらすら読める英語力をつけてもらいたいが短時間にざっと意味をつかむことができるという意味では魅力である。
次は日本語→英語の翻訳である。英文論文を書くときは、これまでだと参考にしたいくつかの論文の文章をコピーペーストとしながら自分の文章としてまとめていく感じだったのではないだろうか。この方法は近年plagiarism checkが重視されるようになったために多用できなくなった。イチから英文を書くことができればいいのだがなかなか難しい。そこでDeepLである。DeepL翻訳の英文は専門的な文章でもかなり自然な翻訳をしてくれる印象である。
2.Grammarly
DeepL翻訳でほぼ自然な英語が書けるのだが、実際には自分で書いたり修正した英文が混在する。また全体のチェックという目的でGrammarlyを併用している。これはワープロソフトの文書校閲機能をパワーアップした様なものでスペルチェックはもちろん冠詞や定冠詞の追加や単数、複数のチェックなどより広範囲に文章を自動校正してくれる。もちろん有料の英文校正の代わりにはならないが学会の抄録や発表原稿程度ならこれで充分対応である。
Grammarlyもweb版とアプリ版、MS-wordのアドオン版がある。Chrome版もあるのでインストールしておくとChromeでGmailを使っていればメールを入力する際にスペルチェックと文法チェックが可能となる。無料と有料があるのでまずは無料で使ってみるとよいだろう。
3.翻訳の実際
例文を翻訳してみよう。いい翻訳結果を得るには翻訳に適した日本語を書くことが重要になる。日本語ではしばしば主語を省略するがDeepLが訳しやすいように主語を分かりやすく書くことを心がける。
(例文)
中心静脈穿刺を超音波ガイド下に行うことで成功率と安全性が向上した。しかし、超音波で観察できる範囲には限りがある。X線透視はガイドワイヤーやカテーテルの位置をリアルタイムに観察するのに有用である。患者の血管の走行には我々が予測しない異常がある場合がありしばしば中心静脈穿刺不成功の原因となる。
(DeepL翻訳)
Ultrasound-guided central venipuncture has improved success rates and safety. However, ultrasound has a limited range of visualization; fluoroscopy is useful for observing the position of guidewires and catheters in real time. There may be abnormalities in the patient's vascular movements that we do not anticipate, often resulting in unsuccessful central venipuncture.
このままでも充分通用しそうであるが少し自分で手を入れてみる。最初から英文を書くよりも何らかの文章を書き直す方が容易である。
(森本修正)
Use of ultrasound for central venous catheter insertion has improved success rates and safety. However, ultrasound observation has some limitation. Fluoroscopy is also useful for checking the position of guidewire and catheter in real-time. The abnormal anatomy which we do not anticipate, might result in unsuccessful central catheter insertion.
仕上げはGrammarlyである。自分で修正した部分にはいくつか間違いがあるのが分かる
(Grammarly修正後)(修正部に下線)(図2.)
The use of ultrasound for central venous catheter insertion has improved success rates and safety. However, ultrasound observation has some limitations. Fluoroscopy is also useful for checking the position of guidewire and catheter in real-time. The abnormal anatomy, which we do not anticipate, might result in unsuccessful central catheter insertion.
日本人が弱いのはtheやaの付け方や単数、複数の区別だがGrammarlyをかけることできれいに修正してくれる。この他、受動態が多すぎるとか同じ単語を続けると注意されるのでこの辺りは適宜判断したい。DeepLとGrammarlyの2つを使いネイティブスピーカーの英文校正を受けることで最小限の英語力でも英語論文の作成は可能である。また、自分で英文をチェックすることを心がければ自然と英文作成力も向上するだろう。海外の雑誌に投稿する際はこの後に英文校正をかける必要がある。私が愛用しているのはEditageである。また本当に自分が思っている意味で変換されているのか確認する必要があるのはいうまでもない。完成した英文を再度日本語に変換してみるのもチェック法として使うことができる。
4.英文での論文投稿にチャレンジ
今回紹介したDeepLとGrammarlyはこのように日本人の言葉の壁を取り払う有力なツールであり活用することでゲームチェンジャーとなる。
まず海外の雑誌に掲載されている英語論文や総説などこれまで敬遠していた人でも気軽に読むことができるようになった。新型コロナ関連の文献は多くの雑誌がフリーで掲載しているのでNatureやLancetなどの論文でも読み放題の状態である。これを気軽に読めるのは便利である。もちろん麻酔科関連の文献もどんどん挑戦できる。
次ぎに日本語→英語である。これまでは簡単な症例報告や臨床研究は日本語で書いて日本の麻酔雑誌に投稿するのが一般的だった。しかし、「麻酔」誌のPubMed収載が終了したことで日本語で論文や症例報告を書いても海外の麻酔科医に広く読んでもらうことができなくなった。そこで英語化である。英語化していればメジャーな雑誌でレジェクトされてもPubMedに収載される雑誌が多くある。これからはどんどん英語で論文を書いて自分の経験を世界と共有すべきと考えるがどうだろう。日本の雑誌の短報やブリーフレポートに掲載するくらいなら英語化してレターとして投稿すべきである。
表.PubMedに収録されているメジャーでない麻酔科領域の雑誌
雑誌名 | インパクトファクター | 出版国 |
Asian Journal of Anesthesiology | 1.09 | 台湾 |
Brazilian Journal of Anesthesiology | 0.867 | ブラジル |
Saudi Journal of Anesthesia | - | サウジアラビア |
Turkish Journal of Anaesthesia and reanimation | - | トルコ |
5.AIと麻酔科医
近年AIが進歩しこれまで人しかできなかった領域がコンピューターに置き換えられるようになってきた。今回紹介したDeepL翻訳もニューラルネットワークといわれるAI技術を使っておりこれまで以上に自然な翻訳を可能としている。今後さらに進化すれば私の貧弱な英語力を上回る(もう負けている?)と考えられる。
私は将棋が趣味だが2010年に当時女流棋士ナンバーワンの清水市代さんがパソコンソフトに負けたことが話題となった。それから10年を経過し、もはやトップクラスのプロ棋士でもAI技術を駆使したパソコンソフトには勝つのは難しい。しかし、AIとの対戦は将棋の世界を大きく変えた。これまで悪手とされていた手が好手と再評価され新しい戦法が試みられるようになった。AIとの対戦で鍛えた藤井聡太さんが各種タイトルの最年少記録を塗り替えている。タイトル戦の観戦もAIの予想をみながら楽しむことができるようになり「観る将」が人気である。AIの実力を認めうまく利用すること考えるようになったことが現在の将棋ブームの一因といえる。このようにAIの活用はその分野を活性化し人間の能力を向上されることが期待される。
麻酔科の領域でも同様である。自動翻訳に頼るのではなくよい相棒として活用することで自分の活動範囲は大きく広がる。日本語という壁を取り払うことができるテクノロジーの進歩をどんどん活用すべきである。