TIVA再入門その⑤

前回、患者の呼名反応消失時(LOR)のプロポフォール効果部位濃度を評価することで、個々の患者のプロポフォールに対する個人差を評価すると説明しました。しかし、プロポフォールのTCI投与や効果部位濃度の計算は3コンパートメントメントモデルに基づいていますが麻酔導入時に適応するには問題もあります。

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3コンパートメントメントモデルでは各コンパートメント内のプロポフォール濃度は一定であるのが前提ですが、投与初期には当然濃度差ができてしまいます。始めに大量にボーラス投与を行うとその濃度の高い部分が最初に脳へ循環した際に急速に脳内濃度が上昇してしまう可能性があります。ですから投与初期にはできるだけゆっくり血中濃度を上げたほうがLORのプロポフォール効果部位濃度を正確に評価できることになります。

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これは同じ2.5mg/kgのプロポフォールを投与速度を変えて投与した際の中枢神経への移行速度t1/2 ke0を検討したものです。TCIポンプに組み込まれているt1/2 ke0は2.6分ですが、ボーラス投与すると1.6分と早くなることが分かります。TCIでの投与開始時には目標血中濃度を高くすればするほど初期のボーラス投与量が増えますのでできるだけ目標血中濃度を低めに設定して、徐々に上げていくことが重要です。

実際にt1/2 ke0を変えるとどうなるか、TCIポンプのデフォルト設定とボーラス投与時の1.6分で比較してみます。

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これは目標血中濃度を6μg/mlで投与開始した際のシミュレーションです。もし投与開始60秒で患者の反応がなくなったとするとTCIポンプでの効果部位濃度は1μg/mlです。しかし、実際の効果部位濃度はボーラス投与では1.8μg/mlとなります。ここまでは高くないかもしれませんが、初期ボーラス投与量が多いと患者就眠時の効果部位濃度を低く評価する可能性があることが分かります。これではLORでの効果部位濃度を指標に麻酔を維持すると術中覚醒を起こす危険があることを意味します。

実際に、初期のTCIポンプの目標血中濃度をどの程度にすればいいでしょうか?前回は2μg/mlでの例をお示ししましたが、これでは導入に時間がかかるので一般的ではありません。
そこで自分の麻酔症例で3μg/mlと4μg/mlでそれぞれ覚醒時プロポフォール効果部位濃度-LOR効果部位濃度の分布を示します。縦軸は症例数です。
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初期設定3μg/mlでは両者の差はほぼプラスマイナス0.5の範囲に収まります。マイナスはLORでの効果部位濃度よりも覚醒濃度が高かったことを示します。初期設定3μg/mlでの問題は患者によってはなかなか就眠しない症例があることで、これについてはまた説明します。

4μg/mlでは全体にばらけた感じで、マイナス側の症例がやや多くなります。自験結果からは初期目標血中濃度は3μg/mlがいいだろうと思います。4μg/mlはかろうじて許容範囲ですがこれ以上にはしないほうがいいと思います。
実際には3μg/mlでスタートしておいて、効果部位濃度が1.5μ/mlに上がったら、3.5μ/ml、効果部位濃度が2μg/mlで4μg/mlという感じで症例によっては徐々に上げていきます。

次回は、初期目標血中濃度以外の注意点を説明します(週1回更新予定)。
質問はコメント欄かこちらへどうぞ。

追記
なんちゃってTCIの例がみられるのも麻酔導入時の特徴です。TCI投与以外にボーラス投与するのは論外ですが、TCIポンプのプライミングボタンでボーラス投与してもTCIの計算には反映されません。TCIで投与すると導入に時間がかかるのが欠点ですが、ここがポイントなのでゆっくり導入が勧められます。
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by yamorimo | 2010-02-28 00:24 | 電脳麻酔学入門 | Trackback | Comments(8)
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Commented by yshiba at 2010-02-28 05:58 x
yamorimo先生が追記で書かれた行動を時に見ます.TCIを理解できているのか不思議で,TCIをしている意味がないでしょ?と質問しました.導入に時間がかかるし,BISを見ているから,それで調整すればいいという返事でした.効果部位濃度と呼名反応の変化と脳波の変化を観察しながら,麻酔導入してきた僕にとって,この返事はとても衝撃的でした.
Commented by SH at 2010-02-28 17:53 x
このKe0は非常に大切なポイントなんですが,欧米のauthorityと呼ばれる人たちも適切に理解できていないようです.本来Ke0が変化するというのはおかしな話です.(もちろんすこしくらいの変動はあるかもしれませんが)
Ke0が見かけ上ダイナミックに変化するのはコンパートメントモデルが使えない状況に無理矢理コンパートメントモデルを当てはめて使用しているからです.モデルの限界と起こっている現象をよく考えれば当たり前の話なんですが,なかなか理解できないようです.
また,transient stateでは薬剤の効果が一様でないために脳波による評価も必ずしも適切ではないことも理解しておかなければなりません.
LOR時の効果部位濃度をみるには徐々に血中濃度を上昇させて,コンパートメントモデルの問題をできるだけ小さくしなければならないのです.これは脳波で導入経過を観察する際にも当てはまります.
Commented by yamorimo at 2010-02-28 18:16
SH先生
確かにke0が変化するというはおかしいですね。コンパートメントモデルが適応できないので結果としてke0が変化するようにみえるということになるのでしょうか?補足ありがとうございます。

yshiba先生
やはりこの種のなんちゃっては結構あるのですね。実はランチョンの講師がこのプライミングボタン法について話していたことがありびっくりしました。導入に時間がかかっても、その分術中管理や覚醒時には安心なのでここの数分が大事だということを強調したいと思います。BISの限界については先で触れたいポイントです。私には正直すべての症例でBISを使ってプロポフォール濃度をうまく調整する自信がないのです。
Commented by yshiba at 2010-03-02 05:09 x
あとは,先生,患者が導入でベラベラをしゃべり始めたときは,就眠効果部位濃度と覚醒時効果部位濃度は違ってくる印象があります.その辺の対処を教えていただければ幸いです.
Commented by yamorimo at 2010-03-02 22:34
shiba先生
いい指摘ですね。そのうちこの話は出てくると思います。
Commented by SH at 2010-03-03 22:09 x
yshiba先生,意識が無いのに喋っている患者さんが存在します.こちらから呼びかけてもそれに対する応答はないのに,喋ってます.「よっぱらい」みたいなもんなんでしょうか.確かに判断が難しいですね.
Commented by yshiba at 2010-03-04 18:29 x
導入中にしゃべり始める患者さんの会話の内容は信憑性があるのでしょうか?手術までの心境ならまだしも,時に,とんでもないことを言い始めたりする人がいます.患者さんに確認したことはないんですけど.先生達はありますか?
Commented by SH at 2010-03-05 21:56 x
話の内容までは確認したことないです...
USAで生活している日本人の患者さんに,TIVAで導入を初めてしばらくしたら,突然英語で喋り始めた時はびっくりしました.本人は全く記憶になかったですが.呼びかけに対しては答えてもらえず,おそらく意識も無かった?ようでした.
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